役目と想い(トサカ丸×黒羽丸)


闇夜に散る漆黒の羽
頬に走る一筋の赤
護っているつもりで護られていた―…



□役目と想い□



木々の隙間から溢れ落ちる優しい光。はらりと額に落ちた黄色い髪が、静かに吹いた風に揺れる。

太い幹に背を凭れ、腰を下ろした枝から右足がだらりと空に投げ出されている。精悍な顔は、鋭い眼差しが閉ざされている今、どこかあどけない。

「……こんな所にいたのかトサカ」

器用にも木の上でうたた寝をするトサカ丸を見つけ、黒羽丸は呆れた様な声を漏らした。そして、

「おい、起き…」

覚醒を促そうと伸ばした黒羽丸の手が途中で止まる。

ゆるく吹いた風に、トサカ丸の額に落ちた髪が浚われ…射し込んだ光にふわりと透けた。
自分とは違う、光を含んだあたたかな色彩。

その光景に目を奪われ言葉を途切れさせた黒羽丸の指先が、惹かれる様に光を纏う黄色い髪に伸ばされ、…触れた。
同時に、とくりと微かに震える鼓動。

すぅ…と気持ち良さげに聞こえる寝息に、トサカ丸の髪に触れたまま黒羽丸は下へと視線を落とした。

「………」

そこには、昨夜、自分を庇って付いた一筋の線。浅い傷とはいえ右頬を斜めに走る傷に黒羽丸は表情を歪めた。

「…馬鹿野郎」

何で、俺が受ける筈だった傷をお前が負う?

髪に触れていた指先を滑らせ傷ついた右頬に触れる。そうして溢した小さな声はどこか弱々しかった。

「護るのは俺の方だろ」

生まれた時からずっと一緒だった。歳は同じでも兄として、弟と妹を護るのは自分の役目だった…はずなのに。
気付けば弟に、トサカ丸に自分は護られていた。

ふっと自嘲する様に唇を歪め瞼を伏せれば、重なる掌。

「トサカ…?」

いつの間に起きたのか、頬に触れていた黒羽丸の左手にトサカ丸の右手が重ねられていた。

「…大切な人を護りたいと想うのに兄貴も弟もねぇだろ」

「――っ」

瞼の下から表れた鋭い真剣な眼差しに、黒羽丸は息を呑む。

「俺は兄貴に傷付いて欲しくねぇ。…兄貴は嫌がるかも知れねぇけど、俺が嫌なんだ」

ジッと至近距離で絡まるいつになく真摯な瞳に、黒羽丸の瞳が揺れる。

「トサカ…」

頬に触れていた手を包むように下ろされ、視線の先のトサカ丸が苦く笑う。

「これは俺がまだ未熟だから付いた傷だ。兄貴が気にすることじゃねぇよ」

本当ならもっと格好良く助けたかった。

真剣な表情から一転、罰の悪そうな顔をして言ったトサカ丸に、知らず肩に入っていた力を抜き黒羽丸は口を開く。

「止めろ…って俺が言ってもか?」

「ん?」

「俺が、お前が傷付くのを見たくないって言ってもか?」

自然と口から溢れた言葉が、想いが、どこから来ているのか考えもしないで黒羽丸は思うままに紡ぐ。
その台詞にトサカ丸は一瞬きょとんと間の抜けた顔を晒し、次に何とも嬉しそうな顔で笑った。

「次は怪我なんてヘマしねぇよ!」

そんな、嬉しそうな顔を見せられてしまえばもう、黒羽丸には何も言えなかった。

(いつの間にかこんなに頼もしく、格好良くなって…)

とくとくとやけに早る鼓動に疑問を持ちながら黒羽丸は何とか捻り出した一言を口にする。

「…油断は禁物だぞ、トサカ」

「任せとけ。兄貴は俺が護る!」

果たしてそれがトサカ丸の耳に届いたかどうかは別に。黒羽丸の瞳には護るべき弟では無い、頼もしき一人の男の姿が写っていた。



end



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